僕の観た「ウェブアニメ」 その2:「ウェブアニメ」とは(後編)

2007 04/ 6亜樹28号

4回にわたって掲載してきました「僕の観た「ウェブアニメ」 」の最終回になります。


#5 個人ステージを持った「自主製作アニメ」

一般のメディアで今使われている「ウェブアニメ」という名称は、「自主製作アニメーション」「インディーズアニメ」というカテゴリーの中で、とくに「Web上で観ることの出来る作品」を指しているものと思います。

とは言え「自主製作」という響きには、どうもアマチュア的な匂いを感じてしまいます。

世に出た経緯は分りませんが、映画監督ティム・バートンが制作し、確か2002年頃にShockwaveが配信したFlash作品「ステインボーイの憂鬱」などは完全にWeb公開を意識した作品だと思われますが、この作品を「自主製作」と言ってしまうには、あまりにも著名な監督さんの仕事ようにも思います。
「インディペンデント系」とか「インディーズアニメ」と言い換えてみると、ニュアンスは少し近くなったようにも思いますが…この辺りが日本語の微妙で曖昧なところではあります(汗)

「自主製作アニメ」「インディーズアニメ」と呼ばれるような、個人作家を中心としたオリジナルアニメーションというものは昔からずっとありました。
(他の名称に「自主アニメ」や「個人アニメ」など。また、デジタルでの自主製作アニメーションの名称で有名なものは「チームDoGA」の推奨する「パーソナルCGアニメーション」がある)

「アニメーション映画」と言うことで考えれば、日本のアニメーション映画作りの黎明は1917年頃とされるそうです。下川凹天さん、幸内純一さん、北山清太郎さんという3人のパイオニアが手がけた当時の作品は今では観ることは出来ませんが、それらはいずれも切り紙の手法で製作されていたそうです。
そうした切り紙の技法は、その後、切り紙アニメーションの巨匠と呼ばれる大藤信郎さんに受け継がれ、戦後の頃にも千代紙を使った「自主製作アニメ」を制作していたと聞きます。

60年代〜70年代頃、TVとかのメディアにクローズアップされた人も居ました。
例えば深夜TVの情報バラエティの草分け「11PM」で観た、九里洋二さんのアニメがそうです。確か大橋巨泉さんに「ムジナのおじさん」とか呼ばれていて、番組の最後に必ずアニメが流れると言う九里さん個人のステージがありました。

・大藤信郎/ウィキペディア
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%A4%A7%E8%97%A4%E4%BF%A1%E9%83%8E
・九里洋二の部屋/九里洋二
http://www.kamaboko.com/kuri/

近年、一般劇場映画にまで個人作家や小さいグループがインディーズ的に発展した適切な例は思いつかないですが…そうした試みは、パソコンやWebが発達する以前にもあったはずです。
パソコンが普及し始め、まだブロードバンド回線などが不備だった頃には、CD-RやDVDでの作品公開、閲覧をステージにしている商業アニメーターの方々も居て、もちろん今でも「商品として」「公開手段として」そうしたメディアは必要です。


では何がその頃と決定的に変わったかと言えば、それまで上映会でしか発表できなかった作品や、もしかしたら「自主製作アニメーション未満」と位置付けられていたかも知れない作品達でさえ、パソコンとWebによって「個人サイト」というそれぞれのステージを持ったこと。
繰り返しになりますが…これは歴史的にかなり大きな事件です。

そうした現代に於いて、アニメーション製作の頂点が「スタジオ・ジブリ」や「スタジオ4℃」だと仮定して(ディズニーと仮定するんでも良いのですが)その頂点から、素人の学生さん作品までが「一般視聴者の目に触れる」と言う意味では、みんな同じにステージ上に並んでしまうわけです。同様に評価を下される対象になってしまう。
つまり「映画」「TV」「上映会」しかなかったアニメーションのステージに「Web」というステージがいつの間にか加わり、一般の視聴者にとっては今やそれら全てを含めてアニメーションという認識になり始めているように感じられます。

このことは、とくにネット上の掲示板や個人ブログなどに顕著に表れていると思われますが、実はアニメ製作者側が「個人のステージ」を持つと同様に、それを観る視聴者側もまた「個人のステージ」を持ち、いろいろな情報をを発信しているという背景も関係していると思われます。

もちろん商品と呼ばれるもの全てがそうであるように、それぞれの客層は同じ客層ではありませんが、お客さんの目に触れるという意味では非常にオープンな状況と言えますし、Webを取り込んだそうしたオープンな状況では、視聴者にとってストレートに面白いものが王様に成り得るのです。

事実、そのひとつの結果と言えるのが2006年に於ける「蛙男商会」さんや「やわらか戦車」「くわがたツマミ」の人気であり、ビジネス的躍進なのではないでしょうか。
livedoorネトアニの「やわらか戦車」のページビューは、それまでの常識を超えるようなHIT数を記録したと聞きます。そしてそのことが裏付けや引き金となって、具体的なキャラクタービジネス展開になっただろうことは容易に想像出来ます。

恐縮ながら、今や大手の劇場アニメで興行収入的に大きな成果を挙げた作品でも、ネットでの批評は非常に辛口のモノも見受けられます。
そうした中、ネットで誕生した「蛙男商会」さんの劇場用映画が企画され、公開に至ると言う状況はとてもエキサイティングだと素直に感じます。

#6 Flashの大きな影響

「ウェブアニメシーン」に於ける作品の多様化について前に少し触れましたが、そのことは多分、Flashに代表されるような個人アニメ製作に適したソフトや動画編集系ソフト、音楽系ソフトなどの普及によるものは大きく、とくにFlashはクリエイターの様々なイメージが比較的容易に表現可能であるということが影響しているように思います。
前記のような成果を見た、蛙男商会さんやラレコさんのアニメ作品がFlash製作であることを考えても、その浸透は著しいと言えますし、昨年、ネット上や日本各地で開かれたオープンコンペ、映画祭での受賞作品を見ても同様な作品の出品が増えている印象です。

こうしたことを書くと、ソフト会社の宣伝マンのようですが(汗)実際にはこうしたものと同様な形式の動画系ソフトや編集、音楽ソフトはフリーウェアでも容易に手に入りますから、高価なソフトを購入しなくても、例えば若年層の学生さんなどにとっても手に入りやすいソフトになっているようです。

#7 「ウェブアニメ」の魅力

で、そうして考えると…拡がりを見せたアニメ公開ステージの中、一番「オープン」であり「混沌」としたエリアこそが「ウェブアニメ」が存在している場所のように感じます。
言い換えれば「一番何が出て来るか分からないステージ・舞台・カテゴリー」こそが「ウェブアニメ」「ウェブアニメシーン」なのだと思うのです。

開き直って言えば…この際「ウェブアニメ」と言う名前でなくても全然構わない。でも、そうした「オープンでいて混沌としたカテゴリー」が存在しているのだと言うことは、もう紛れもない事実。誰が認めようが認めまいが、意識しようがしまいが、それが現状であり現実であり現代のアニメーション状況なのだと「ウェブアニメが好き」コミュを通じて、改めて認識するようになったわけです。

そうした「オープン」と「混沌」そして「交流」が僕の思う「ウェブアニメ」であり、故に僕は「ウェブアニメ」というカテゴリーや、その作品に魅力を感じているのかも知れません。

mixi「ウェブアニメが好き」コミュには、現在プロ・アマ含めて550件以上のこうしたオリジナルアニメ配信サイトにリンクURLを載せています。
個人サイトや企業ベースのアニメの配信サイト、アニメ配信を業務の一環にしている事務所や工房、団体など様々。
その中の作品すべてが、市販されているような商業アニメやアート作品と肩を並べるくらい完成度の高いアニメーションではないかも知れません(とくにアマチュアの個人サイトの作品など)。でも、これだけの数のクリエイターの作品を観られるという環境も、日本のアニメーションの長い歴史の中ではとても貴重なことだと感じます。

「自主製作アニメーション」もしくは「インディーズアニメ」と言う文化が、全て「ウェブアニメ」というカテゴリーに集約出来るものではありませんが、アニメーションが“観られるコトで完結する映像文化”なのだとしたら、どんな手段にせよ多くの視聴者が作品を視聴でき、他に換えがたい愛すべき作品が見つけられたなら、それはもしかしたら僕たち視聴者にとって一生の宝物です。
そしてクリエイターさんにとっては、そうした作品を愛してくれるファンと巡り会うことが出来たなら、これもまた一生の宝物であると同時に、オリジナリティにこだわった“作品作り”の大きな「モチベーション」になると思うのです。

#8 アニメーションの新しい潮流 

いろいろ勝手なこと書いてきました。スミマセン(汗)

また名称にこだわって考えてみると、当たり前のように使っているインターネットの発達は携帯電話も含め、我々にとって知らず知らずに特別な事ではなくなりつつあるわけで、応じて「ウェブアニメ」というカテゴリー自体も当たり前になるとすれば、わざわざ「ウェブ」という名称を付けることも可笑しい事かも知れません。

どちらにしても「ウェブアニメ」の「混沌」は未整理のままずっと続くように思います。
「交流」は必要不可欠だと感じます。
状況として、「混沌」こそが面白いのだと僕自身は感じていますし、Webである以上「本質」は変わらないように今は感じています。
もちろんひとつひとつの作品は全体とは直接関係ありませんから、ひとつの作品自体の持つ普遍的な面白さや時代性を切り取った面白さの「本質」とは別の話です。
そして、この「混沌」の中から新しいスターが生まれて行くのだと思います。


例えば、昨年夏頃から始動している「動画革命東京」というプロジェクトがあります。
これは、従来のアニメ業界外の新たな可能性を持ったクリエイターと契約し、これを支援しながら大きなビジネスに転換させようと言うもののようですが、「混沌」の中から新たなスターを見出し育てるという流れで考えれば、僕がイメージする「ウェブアニメ」に非常に近いと感じます。というか期待するものが近い。

「動画革命東京」に属する「センコロール」という作品は、そのパイロット版がWebで公開されると広く話題になり、mixi内でも直ぐに単独コミュ二ティが立ちました。

・動画革命東京公式サイト
http://www.anime-innovation.jp/index.html
・gooアニメ>>動画革命東京
http://anime.goo.ne.jp/special/anime-innovation/index.html

こうした流れを含め、「混沌」の中から生まれた新しいスターがビジネス的に活躍する事で、状況もそれに応じて変わって行くかも知れません。また、状況は変わったように見えても個々のクリエイターの「本質」は何も変わらないとも言えます。

もしかしたらWebの発達に伴い、同時多発的に、"時代"というものが新しい潮流を求めているのかも知れません。

#9 最後にもうひとつだけ考察

今後も、「混沌」と「交流」を楽しみたいと思う人は、是非「ウェブアニメ」に注目して欲しいと思いますし、Webというオープンなステージは、何者の束縛も受けないのですから、意欲のある人にはどんどん「ウェブアニメ製作」にチャレンジして欲しいように思います。
昔から「誰でも一生に一度だけ、傑作と言われる小説を書くことが出来る」などと言います。そう考えると、誰でも一生に一度だけ傑作のアニメを作ることが出来るのかも知れません。

とくにアニメーションは若い世代のものという感覚がありますが、これからの時代、例えば団塊の世代の方々が、昔憧れたGSを想い出してバンドを組んだりしているように、昔憧れていた「鉄腕アトム」や「オバQ」などを想い出して、自らアニメーションを作ってみようという大人の人たちが現れても不思議は無いようにも感じます。

本文の大半は、ビジネスに於ける「ウェブアニメ」の状況を中心に書いてきましたが、クリエイターの皆さん全員がそうしたビジネスに於ける“成功”を志しているわけでもありません。
「楽しみながらアニメーションを作り、Webで(比較的簡単に)誰かに観てもらえて…気に入ってもらえれば感想を聞ける」という基本的な「ウェブアニメ」の在り方は、パソコンユーザーすべての人たちに開かれているように思います。

ということで…

主に2006年初頭からの1年「ウェブアニメが好き」コミュを通して感じたこと、考えたことなど、思いのままに書いてみましたが…今更な情報や思い込みに近い考察などもあったかと思います。食い足りない内容、長いわりに中身が薄いと批判もあるかも知れませんが(汗)あくまで僕なりの考察なので許してください。

「ウェブアニメが好き」という想いが伝われば幸い。

最後まで読んでいただき、ありがとうございました♪


□2007・3月某日

mixi「ウェブアニメが好き」コミュ管理人・亜樹28号

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